トイレに立てこもる人生
私の人生とトイレとの関係は切っても切り離せません。
今までに何度トイレに立てこもって苦行に耐え抜いたことでしょう。
それは我慢が生み出した体調不良という全く嬉しくないイベントです。
ここでお伝えしたいのは、日頃から我慢が癖になっていると、私のようにトイレに立てこもる人生になりますよ、ということです。
トイレに立てこもり、最悪トイレの床で寝ることになるという全くオススメできない人生なので、我慢強い人は我慢弱い人へのシフトチェンジを本当にオススメします!
ではどうして私がトイレに立てこもる人生を送ることになったのか、お話ししたいと思います。
何でも我慢できる子
私は昔から我慢強い性格で自分を律することが得意でした。
例えば小学校の卒業式で初めから終わりまでの1〜2時間、ずっと膝を閉じ足を揃えた状態で座り続けるという地味につらい体制をキープしてみせるとか、
電車の中で具合が悪くなり吐きそうになっても、絶対に迷惑をかけるわけにいかないという強烈な理性で自分を律して、出かかった吐瀉物を口元を必死に塞ぐことで強引に胃に押し返し、何事もなかったかのように次の駅で降りたりとか、
(汚い話ですみません…。)
とにかくどんな過酷でつらい状況でも我慢で何とかしてきてしまったんです。
人に弱音を吐いたり相談することも苦手なので、つらくてもSOSを出せません。
常に我慢を駆使して自己解決してきました。
トイレ行き決定
そしてその先に待っているのがトイレです。
我慢が染み付いたこの思考はストレスを効率的に生産してしまって、たまったストレスは体調不良となって爆発します。
出先で体調不良でも、やはり私はSOSを出せません。
外では周りに迷惑をかけず、気付かれずに一人でどうにかしなければならないと。
悲鳴を上げる身体を今すぐ家に帰って横にしてやりたいけれど、もはや家に帰れる体力なんてどこにもなく、そんな状態の自分を見られるのも嫌で、朦朧としながら一人で休むことのできるトイレという空間に駆け込みます。
動ける状態になるまで最長で4〜5時間くらい滞在していたこともありました。
(迷惑なやつですね…。)
立てこもって焦ったこと
照明がセンサー式のところでは、個室内でじっとうずくまっているうちに何度も照明が消えて焦りました。
駅や施設の車椅子も入れるトイレでは、あまりに長時間中にこもり続けた結果、警備室に通知が行って警備員さんが来てしまい焦りました。
個室の数が少ないトイレでは特に、一般の方が物音がしないのに鍵がかかっている個室を不審がって、声を掛けてくることもあり焦りました。
私としては己の体調不良と汗と涙も混じる我慢という死闘を繰り広げている最中なので、他人に構う余裕など皆無で、頼むからそっとしておいてくれ、動いたら逆に死にそうだから誰も呼ばないでくれという願いだけが頭を渦巻いていました。
こいつはヤバいやつだ
おそらくここまで読んだ方は、このトイレに立てこもる人間に異常を感じたのではないでしょうか。
正気じゃないと、助けを呼べと。
でもですね、我慢強いが行き過ぎるとこうなりますよ、ということをお伝えしたくて、恥ずかしいのですが、あえてここで黒歴史を語っています。
今まで絶対引かれると思って誰にも言ったことはありません。
我慢が積み重なったストレスで体調不良を引き起こし、助けを求めることも我慢した結果、身動きが取れないほど身がちぎれそうな腹痛で、座ったりしゃがんだりもままならず、何とトイレの床に寝込むことになるなんて。
そんなの人に言えないじゃないですか。
どうしてそうなってしまうのか
今、客観的視点でこれを読んでいる皆さんからしたら、そんな状態になるならさすがに周りの人に助けを求めようよ、と冷静に判断できると思います。
これが我慢強かったり、とにかく目立ちたくない人間だと、とたんに難しくなってしまうんですよね。
こんな顔面蒼白で汗だくだくで髪もぐしゃぐしゃな最低のコンディションな自分を人様に見られるなんて耐えられない!と助けを我慢してしまうんです。
我慢はオススメしません
我慢は美徳として考えられているかもしれませんが、行き過ぎると己を滅ぼします。
トイレの床で寝ることになります。
ちなみにトイレの床の寝心地は最低です。
固くて冷たいし、プライド、人としての矜持?みたいなものも打ち砕かれます。
みなさんにはトイレに立てこもってトイレの床で寝る人生を歩んでほしくないので、我慢癖をやめてストレスを減らすことに努め、つらいときはちゃんと助けを求めるということを実践していってもらえたらと思います。
私の黒歴史が誰かの役に立つような奇跡があるのかはわかりませんが、
とにかく我慢はほどほどに!!
ということでした!